イスラエルに杉原千畝の記念碑が再建 …壊したのは誰だ?

日本

かつて、 日本には大東亜戦争(第二次世界大戦)中に多くのユダヤ人難民を救った、杉原千畝(1900~86年)という外交官がいた。

杉原千畝について

大戦当時、リトアニアで外交官を務めていた杉原のもとに、ドイツからの迫害を恐れたユダヤ人が退去して日本への亡命を求めてきたのだ。日本とドイツは当時は同盟国。ユダヤ人を保護することは、ドイツの国策に反する。杉原は「ビザを発給していいか」と日本本国に問い合わせたが、当然、答えは拒否。

そこで杉原は、独断でビザを発給した。なぜなら、目の前にいる人間を救うことこそ、まさに「八紘一宇」の精神であり、その国是は組織の命令に優先するからだ。

杉原がドイツから亡命を求めるユダヤ人に発行したビザは 「命のビザ」と呼ばれた。

再建された記念碑

イスラエル中部ベイトシェメシュの学校で5月2日、そんな杉原千畝を顕彰する式典が開かれた。まさに杉原から発給された「命のビザ」受けて迫害を逃れた人々も参加し、杉原への感謝を示す記念碑の除幕や植樹が行われた。

 実は、このベイトシェメシュ近郊では1985年に、杉原の功績をたたえて約400本の木が植樹され、記念碑も設置されていたのだ。しかし今年になって、何者かによってこの植樹された木々が伐採され、記念碑も撤去されたことが判明した。そこで今回学校側が敷地内に新たな記念碑設置などを決めたのが今回の式典だ。

 13歳の時に杉原からビザを受け取ったベール・ショールさん(91)は「私たちの命を救ってくれた杉原の名前が刻まれた記念碑が再び設置されてうれしい」と喜んだ。(共同)

イスラエルに杉原千畝の記念碑 – 産経ニュース
https://www.sankei.com/world/news/190503/wor1905030019-n1.htm

確かに今回こうして再び記念碑が設置されたことは喜ばしいことなのだが……。誰が伐採、破壊したのかが気になる。ユダヤ系の人はありえないだろう。イスラエルのユダヤ人は、杉原千畝がどんな人で、何を行った人か、よく知っている。日本が顕彰されていると気に食わない国……? 海外に行ってまで日本毀損に血道を上げる人間……?まあ、推理はこの辺にしておこう。

その後の杉原千畝

ちなみに、戦争が終わって帰国した杉原千畝を待っていたのは、「命令違反による解職」だった。シンドラーの気まぐれリストとは違う、杉原信念に基づいたの本当のヒューマニズムが、どれだけの人命を救い、ユダヤ人との友好発展に寄与したか知れないのに。

1947年、帰国した杉原を待っていたのは独断でビザを発行したことの責任による外務省からの解職。 1968年、杉原の許へ一人のユダヤ人が訪れてきます。彼はボロボロになった当時のビザを手にして涙をこぼして杉原に礼の言葉をのべたのです

杉原千畝について -杉原千畝記念館

せめて日本の外務省は、この記念碑に花と祝電の一本でも手向けるといい。

(文・櫻木)

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記者プロフィール

櫻木

在野のコラムニスト。1975年生まれ。大東亜戦争の戦地の取材をライフワークとしており、台湾やインドネシアとの親交が深い。

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